ミスターチルドレンのくるみに励まされた

2014年1月4日

24歳の頃に、父親が53歳で急死しました。前日まで元気にしていたので家族みんなが信じられず、また若くで亡くなった父が気の毒で仕方ありませんでした。失望が続く中で、私はふとミスターチルドレンのくるみという歌を思い出しました。

この歌はいなくなってしまったくるみという人物に向けて、語りかけるように優しく歌われている歌でした。『良かったことだけ思い出して、やけに年老いた気持ちになる。とはいえ暮らしの中で、今動き出そうとしている歯車のひとつにならなくてはなぁ。』のところに、当時の私の心境が重なりました。

父が亡くなっても世の中は変わらずに動き続けていました。そして私はその中で自分の役割を果たしながら、生きて行くしかなかったのです。そういった気持ちを表してくれていると思いました。

歌の最後のところで『引き返しちゃいけないよね 進もう 君のいない道の上へ』と歌っているのですが、私はそこでもう戻れない時間を、父がいなくなっても力強く進んでいくしかないんだと思いました。引き返したい、でも引き返せないんだと思って、前に前に進んでいきました。そしてそういった日々を重ねるごとに、私の悲しみも家族の悲しみも徐々に癒えていきました。

ミスターチルドレンは中学生の頃から大好きでしたが、父が亡くなった時に励まされたこの歌は、私にとって特別に思い入れのある歌です。自分が思っているけれど、なかなか言葉にできない気持ちを歌ってくれるミスチルのくるみが大好きです。

まつげ美容液の効果で目元にも自信が付いた!

2013年9月15日

私はどちらかと言うとあまり化粧はしたくないタイプです。子供が幼稚園行きだすまでは、よっぽどな事がない限り化粧はしなかったです。

しかし子供が幼稚園に行きだすと、毎日送り迎えをしないといけません。幼稚園に行けば先生やお母さん方に会い挨拶しないといけないです。そんな時皆さん綺麗に化粧されていて関心することが度々。子育てしてても綺麗なお母さんが多いように思います。そんな中で私はあまりにも自分に関心がない事に気づかされました。自分磨きをしていかないと老化が進むのではないのかと言う思いも芽生えてきました。

自分の為に、そして子供、主人の為にも綺麗な女性でいてたい思いが強くなり、今ではほぼ毎日化粧をするようになりました。毎朝自分の顔をじっくり見ながら化粧をするので、肌トラブルもすぐに発見出来ます。ちょっと化粧ノリが悪いなと思えば、パックをしたりコラーゲンを摂取してみたり。すると肌もすぐに期待に答えてくれるのが嬉しいです。

そんな自分が綺麗になれる化粧で毎日楽しんでるのですが、また新たに悩みが出てきました。それはまつげをビューラーでカールした時に、一緒にまつげも抜ける事が多くなってきた事です。元々まつげは少ない方でしたのでマスカラを付ける毛が少ないので、かなり目にインパクトが欠けてしまいました。

そんな時に出会ったのがまつげ美容液で、肌のお手入れは日々してたのですがまつげは初めてです。

毎日せっせと上下のまつげに付け続けました。2カ月たった今では抜けにくくなった事はもちろんですが、量が確実に増えてくれました。おかげで少し目元に自信が付きました。もうまつげ美容液は手放せない存在になってしまいました。

以前乗ってた自転車が捨てられない件

2013年9月7日

十代の頃にお気に入りだった自転車がありますが、これを捨てたくても捨てられない状況です。すでに前輪用のブレーキが完全に壊れて作動しなくなっていたりと、完全に乗ることができなくなっています。

この壊れた自転車は、他にどういった使い道もなくなっているので、ばらばらに分解して部屋の押し入れにしまってあります。しかしこの自転車には、あの若い頃の思い出がいろいろと詰まっています。何度も自宅から遠くの方まで、一生懸命に走って行っていました。

あの街のあの場所はどうなっているのか。距離はどのくらいなのか。そういった好奇心を満たすための道具となっていました。タイヤがパンクしてしまうと、パンク修理キットを使って、自分で修理をしていました。いつも布で磨きをかけて、サビを落としたりしていました。

自転車に付属していた空気入れもあるのですが、こちらも気が抜けたような感じで、もはや使い道がありません。しかし空気入れも、ちゃんとしまってあります。

同じ頃に自宅にあったはずの別の自転車は、すでに廃品回収に出されて、すでにこの世には無いのではと思います。この自転車は、当時のことを思い出せる数少ない物となっているので、捨てたくても捨てられないのです。

人生のデビュー映画は「魔女の宅急便」

2013年9月2日

20代後半の女性です。物心ついた頃から映画を見始め、いまだに映画は好きでよく見ます。劇場に赴き臨場感を楽しむこともあれば、部屋で一人ほっこりすることもできる見事なエンターテインメントぶりが映画の良いところだと思っています。

先日、ふと思いました。何がきっかけで映画が好きになったのだろう、と。子供のころに見た映画というのは影響力も絶大だろうと思い、初めに見た映画を母に尋ねてみました。「ジブリとディズニーはよく見ていたけれど、最初ということなら魔女の宅急便だと思う」。

私がデビューした映画は、不朽の名作「まじょたく」こと「魔女の宅急便」でした。私の記憶の中にも、トトロと魔女宅と不思議の国のアリスは何十回も見た記憶があります。でも、確かに魔女の宅急便の再生回数は、異常でした。

冒険、恋愛、青春の要素に加えて、舞台の美しさ、絵の精巧さ等が幼心にヒットしたのでしょう。あの時の高揚感が心の奥底に根付いていて、映画という造られた世界に魅力を感じ続けているのかもしれません。

殊にアニメ映画に関して言えば、昨今のCGや技術を駆使した画法より、セル画にノスタルジーを感じますし、美しささえ感じます。間違いなく「魔女の宅急便」は映画に対する価値観を形成した一本です。

破魔矢と「ほうとう」祖父母の思い出

2013年8月31日

今でも続いていますが、毎年正月には、甲府の父の実家に年始に行っています。特にこどものころは祖父母が健在でしたから、その思い出がいろいろあります。祖父の思い出というと、まず着物。農家でしたから、地味な作業着を着ている印象が強い祖父が、正月は着物を着るのです。「これは大島つむぎといって、高価な着物だ」と自慢していたのを覚えています。

着物の祖父が畳の居間で出迎えてくれます。その前に正座して「おめでとうございます」ときちんと挨拶。すると祖父は「おめでとう」と答えてお年玉をくれるのです。私は幼いなりに正月のあらたまった雰囲気を感じ、ちょっとした緊張感もあって、特別な気持ちがしたものです。

おせちや雑煮は東京のそれとほとんど変わりませんでしたが、甲府ならではだったのが、おしるこです。ふつうは餅をいれますが、その代わりに甲府名物のほうとうを、小豆の中に入れて食べるのです。こどもには餅よりむしろ食べやすくて、私は好きでした。おばあちゃんの味付けはちょっぴり塩をきかせてあります。そのしょっぱさが、私にとっての「おばあちゃんの味」でした。

おなかが膨れたところで、「腹ごなしに」と祖父に連れられ、近所の神社に初もうで。祖父は決まって破魔矢を買って、それを着物の背中に差して家へ帰るのです。それがなんともかっこよかった。ふだんはそう感じないのに、このときばかりは祖父が俳優のように輝いて見えたものです。

祖父も祖母も今はもうこの世にいません。破魔矢とほうとう。なつかしく幸せな正月の思い出です。